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テーマ:マインド

あなたは、「議論」という言葉に対してどのような印象を持ちますか?

 

こんばんは、アツシです。

 

自分は巻き込まれたくないとう思いから、敬遠したい、とか、イヤだとか、面倒、といったネガティブな印象を持つ人。

反対に、「議論」することで触発されていいアイデアが出たり、意見交換が出来て楽しいと感じるポジティブな人。

の2つに分かれるのではないでしょうか?

 

僕は、「議論」という言葉をネガティブに捉える人、あるいは、ポジティブに捉える人の両者の気持ちが分かるつもりです。

 

たとえば、過去のイヤなトラウマが忘れられないような人。

議論の場だというから自分の意見を素直に言ったら全否定された。あるいは、余計なことは言うなと上司からクギを刺された経験がある。または、自分の意見が通らなくて不快な思いをした。

 

逆にここぞとばかりに、自分の意見を押し通す、つまり、政治的な圧力や威厳を発揮することに楽しさを感じるお山の大将的な考えの人。あるいは、批判は許さない無言の圧力で自分の都合のイイように通してしまう、オープンな議論とは名ばかりの威圧感に満足する人、、、色々な人がいます。

 

あるいは、結論ありきの議論っていうのも珍しくはありませんね。

 

こういった議論に参加すると体力を消耗するし、精神的にもすごく疲れます。

 

でも、この前久しぶりに本当に「よかったぁ」と思えた議論の場があったのです。

 

予算と期限を決めなければならない、とあるプロジェクト。

ゴールは決まっていたので、「何を」、「どのようにやる」かを決める必要がありました。

 

ゴールにたどり着くための施策を議論したわけですが、もちろん意見は三者三様になったのです。

お互いの意見は近かったり、遠かったり、一部かぶっていたり、全く異なっていたり、、、1時間半も喧々諤々。

結局何も決まらずにお開き。次回に持ち越しになったのです。

 

これのどこが「よかったぁ」のかですって??

 

僕はある意味、決まらなくて良かったと思ったのです。

なぜなら、

みんなの気持ちや考えを発散することができたから。

ムリして早急に集約してもいい結果にはならないと思ったから。

今一度頭を冷やしたほうがさらにいいアイデアが出ると思ったから。

 

「議論」って、誰かの意見を押し通すっていう場ではないと思うのです。

参加者全員の異なった価値観を共有する場ではないでしょうか。

共有さえできればあとは調整するだけ。

この「共有」が一番の肝なのです。

 

なので、議論したからには何かを決めなくてはならないってことではなく、まず、お互いが対話によって関係をつくる、発散することでお互いを認め合う、そして時間を掛けて一つの意見に収束すればいいのです。

 

 

こらから長い期間を掛けるプロジェクトを成功させるためにも、意見を共有する議論の場となるように、主催者、ファシリテーター、リーダーには、焦らずに大局を見極める度量が必要です。

 

「議論」といった場だけでなく、友人、知人、家族とのコミュニケーションでも同じです。

人はそれぞれ違ったレンズで物事を見たり考えたりするものです。

だからこそ、お互いの価値観を認め合うってことがすごく重要。

 

それでは、また。